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2006年 10月 26日 ( 1 )

ガタピシ

えー

ウチの
お寺は
最近改装させていただいた
ノデ
そうでもないですが

改装前は
ホント
建てつけ悪いとこ
マンサイ


どこの
引き戸も
ガタピシ
しておりました

もー


ヘタすりゃ

建具ごと
外れてきたり
とか

にちじょう
ちゃめしごと
デスヨ

あー
もー

過去バナですけどね

はい

んで
ですね

えー

ガタピシ
って
コトバ

ですが

なんで
ガタピシ
って
言うのか?

タブン
ミナサンは

戸がガタガタする
って
ところから来た
擬音語

思ってラッシャルカタ

多い

つうか

え?
違うの?

ミタイナ人が
殆どかもしれませんネ

はい

えー

コレね

じつは

漢字で書けるのですよ
コレガマタ

コレッス
はい

ガタピシ
我他彼此

と書きます


おー

えー
マヂ
なんか
夜露死苦
ミタイ
やね

はい

タシカニ
遠くない
カモ・・・

ま、ね

えー
この我他彼此

コレは
当て字っぽいですが
実は
ソレゾレ
意味がアルノデスヨ
コレ

はい

えー
「我他」と「彼此」が
それぞれ
対になってルンデス


はい

でわ
まず
「我他」
デスガ

これは
「我」
つまり自我のこと
そして
「他」
つまり利他のこと

えー

要するに

自分のことを中心に
考える考え方



他人のことを中心に
考える考え方



相反する
相容れない状態
ノコト

だから

うまくかみ合ってないこと
をあらわしているわけ
デスヨ コレ

ナットクゥ???

はい

ヨロシイカ???

んでもって
次の
「彼此」

これは
仏教で言うところの
「お彼岸」
が出てきます

「彼岸」というのは
お彼岸参りとかで聞きなれた方も
多いと思いますが
これは
モトモト

迷いのない理想郷

を表した言葉なのですよ
んで
その考え方から
亡くなられた方がたどり着く場所
を「彼岸」ともいいます

はい

それに対して
迷いの世界、苦しみの世界
つまり
仏教では
われわれが生きている此の世界を
彼の岸に対して此の岸

「此岸シガン」

トイイマス

はい
ですから
この「彼岸」と「此岸」

これも共に
相容れないワケですから
かみ合うことがない
ですよね

はい

んで
この2つの
かみ合わない世界の
表現から

我他彼此
ガタピシ

と使われるように
なったのですヨ

ほー
ほー

日本語って
深いね~

うんうん
・・・
・・


でもね
まだ続きがある
のデスよ

えー

ガタピシってのは
かみ合わせがあるところ
に使うよね

マッタク関係ないところ
には
当然使わない言葉です

しかも
ガタピシ
しているところは

お互いかみ合わないけれども

なんとかして
かみ合わそうとしている

ところだからガタピシ
いうんだけどね

はい
・・・

でも

そのまま
かみ合わないまま
かもしれない

けれども

なんとかして
滑らかにしたい

という思い

我他も
彼此も

お互い
相容れないけど

自我もなかなか無くならないけど
利他の心を持ちたい

この世を離れることはできないけれども
その中で少しでも迷いのない心でありたい

という
切なる思い

そういうものが
込められている

言葉だと思います

だからさ

ガタピシしながら
でイインジャナイ?

人間関係も
ガタピシ
してるかもしんない

だって他人だもの
相容れないところがあって
アタリマエ

けど
お互いに
滑らかになれるように
ガタピシ
してるんだよ

ガタピシして
ハジメテ
滑らかになることができる

はい

ガタピシも
そんなに
悪くは
ナカロウモン
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by kouhouji | 2006-10-26 15:37