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先月の花まつりには多くの方々に
ご参詣頂き有難う御座いました。
午前中は朝日保育所、朝日第二保育所の
園児たちと共にお釈迦様の誕生日をお祝いできました。
甘茶かけを初めてする子も多く、
お釈迦様の誕生に由来する事を説明すると、
次の日おうちの人にその話を話してくれた子もいました。

御詠歌の後、
それぞれの保育園からお遊戯を披露してもらい、
そのあとは檀家の方々と一緒に手遊び、
指遊びをしました。
この時は子ども達より、
おじいちゃん、おばあちゃん達の方が
こぼれんばかりの笑顔で
一緒に遊んでいました。

最後に、お礼の意味を込めて、
くじびきをしてもらいました。
一等から七等までの賞品を用意していましたが、

七等の子も
「やったぁ、七等だ」
と他の子達と変わりなく喜んでいました。

 はっ、とさせられました。

つい
「あぁ、七等だったねぇ・・・残念やったねぇ」
と声をかけそうな自分が居ました。
物事に
分け隔てしている自分が居ました。

一等が素晴しく、
七等が残念だと言う
凝り固まった心が

そこにありました。


 人生は「苦」だと
お釈迦様は仰いました。

その根本は
こだわり、
かたより、
とらわれであると、

薬師寺の高田管長は仰いました。

なぜ、こだわりを生むのか
・・・それは
「好き嫌い」

だと信心銘には書いてありました。


一休禅師の歌に
「おさなごの 次第次第に 知恵つきて
  仏に遠く なるぞ悲しき」

というのがあります。

そりゃぁ・・・
純粋だった幼子の頃は
そうだったけれどもねぇ・・・

と言い訳したくもあります。

しかし、
この幼子達の
こだわりの無い現実を
目の当たりにした時に、

ああそうか、

と・・・

忘れていたのだなぁ、

と思える、
思い出されることが
一つの気付きであり、

それに近づこうと、

歩みだすのが修行ではないか

と考えます。


私たちは
年を重ねることで

多くの経験や知識や、
様々なものを取得します。

しかし
同時に、

元々備えているものに

それを積み重ね、
時に見失ってしまいます。

当たり前すぎて
判らなかったものに
目を向ける・・・

このように
書きながら、

自分自身にも
まだたくさん見えていないところが
あるのだな、

と感じます。

仏道とは
息絶えるまで
歩き続ける
修行の道

であるのだ、
と改めて
その道を歩み続ける事を
与えられた事に

感謝する次第です。


合掌
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by kouhouji | 2008-06-08 15:16
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